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笑わせる商社マン・N~序章 マドリッドの朝~

 その男(仮にNとしておく)は、冒険心が旺盛といえばよいのか、それとも、単に何も考えていないというべきか、とにかく無鉄砲な男である。

 1990年頃、S貿易という中堅商社に勤めていたNは、ある時スペインの首都であるマドリッドに出張したらしい。
 バルセロナ事務所のアブリルという所員が、Nとマドリッドのホテルで落ち合うことになっていた。
 約束の時間よりやや遅れてロビーに降りてきたNは、
 「ブエノスアイレス! 遅くなって、悪い、悪い」
 と、欧州六カ国語会話集に載っていたと思われる簡易なスペイン語で平謝りした。
 Nのことをよく知っているアブリルは、「ブエノスアイレス(アルゼンチンの首都)」が「ブエノスディアス(こんにちは)」の間違いであることはすぐに気付いたが、説明して話が長くなると厄介なので、このことは話題にせず、待たせてある車にNを促した。二人はスペインにおける重要な客先に向かうことになっていたのだ。
 この時、アブリルは単に前日遅く日本から着いたNが、時差ボケや疲労のために少し寝坊したのだろうと思っていた。
 客先とのミーティングは無事に終わり、ホテルに戻る道すがら、Nは妙なことをアブリルに口走った。
 「今朝シャワーを浴びようとしたらシャワーが出なかったんだよ。何回もトライしたんだけど・・・」
 「それは大変だったね、ホテルにクレイムしなきゃ」
 「いいよ、いいよ。何とかなるから。今朝もなんとかなったし」
 「いずれにしても、今晩は僕の部屋のシャワーを使ったらいいよ」
 アブリルは親切に解決策を持ち出した。もっとも、日本人の謙遜の姿勢をよく知るアブリルは、最初からNが断ってくることを想定して話をしている。
 「悪いな。使わせていただくことにするよ」
 アブリルは、まさかの反応に言葉を失った。

 ホテルに着くとアブリルは、それでもクレイムすべきだと主張し、とりあえずNの部屋の様子を見に行くことにした。単に、自分のシャワーを使わせたくないという一心である。
 「ほら、シャワーにならないだろう」
 Nが蛇口をひねってみせた。
 「Nさん、シャワーにするときはこのレバーを上げないとダメですよ、ほら」
 するとシャワーの水が勢いよく降り注いできた。
 「えっー」
 思わずNの脇が大きく開いた。これは、Nが驚いたときにいつもする癖である。
 それにしても、なぜこんなことすら判らなかったのか・・・。
 「ところで、今朝はシャワーなしでどうしたの?」
 アブリルは不思議そうにNに聞いた。
 「だからそのー、こうやって普通に水が出てくるところに、頭ごと突っ込んで頭を洗ったんだ」
 そして、Nはそのときの様子を再現してみせた。
 それは、まるでカバが逆さまにバスタブに突っ込んだような格好であった。

 この話は、Nの膨大な逸話のうちのほんの一例にしか過ぎない・・・。
 そして、なぜか筆者が、この笑わせる商社マンの逸話を書き留め、後世に残すことをことになってしまったのである。後世の人が20世紀という激動の世紀の終わりに、こんな人間がいたことを不思議がってくれれば、筆者としても幸いである。






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コメント (2)

栄子:

私は、マドリードも大好きですが、どちらかというとバルセロナ派です(^-^)

ぱんちょ:

栄子さま
 このワタクシの場合、どちらでもいいのですが、イベリア半島ではリスボンですね。

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