笑わせる商社マン・N~第七章 ウクレレおじさん~
その男(仮にNとしておく)は、冒険心が旺盛といえばよいのか、それとも、単に何も考えていないというべきか、とにかく無鉄砲な男である。
「のぞみ」の車中から笠間氏に電話をすると、さすがに困ったという感じであったが、最終的に同氏から福岡のホテルにご連絡を入れていただき話をしていただくということでホテルの問題は解決した。笠間氏の営業成績に本件が加えられないというのが我々としても心苦しいところであったが、これについてはNが北新地で一回ご馳走するしかない。
出発前から様々な問題を引き起こしたNを乗せているのもかかわらず、「のぞみ」は何事も無かったかのように定刻どおりに広島駅に滑り込んだ。我々はタクシーで広島市民球場に急いだ。
球場に到着したのはちょうど試合開始から5分くらい経った頃であった。巨人戦ということもあり、我々はNの望むライトスタンド(広島側)は取れないのではないかと危惧していたが、指定席も自由席もチケットは残っていた。それでも念の為に指定席を押さえた我々はライトスタンドに向かった。
ちょうどライト側のポールの辺りからスタンドに入った我々はその光景に驚いた。真正面に見えるレフトスタンド(巨人側)にはほとんど人がいないのであった。そして、階段を昇りきると、ライト側のスタンドにもほとんど人はいなかった。まさに消化試合という光景であった。結果的に、その日の観衆は1,200人と発表された。
さて、野球については(「笑わせる商社マン・N」においてはどうでもよいことだが)、巨人のワンサイドゲームであった。9回裏ツーアウトで登場した山崎隆造のプロ生活最後の打席ぐらいが、広島ファンが盛り上がった唯一の場面であった。
ところが、Nは一人で盛り上がっていた。北朝鮮顔負けのマスゲーム的応援に参加しただけでなく、抑え投手の石毛が出てきたときなどは、「♪イシゲ~、ハナゲ~、ムナゲ~、その下はよう言わんっ」などと適当に野次っていた。
広島の見せ場も無く、7回の表の巨人の攻撃となったとき、筆者は一塁側内野席に異様な人物を見つけた。「ギターを持った渡り鳥」 のような風貌のおじさんが、その手に持ったギターで野球の素振りのような格好をしていたのである。いくらほとんど人がいないとはいえ危ない。それにしても、ギターを持って球場に来るとは一体何を考えているのか。さすがのNもこれには一本取られたという感じであった。
さらに度肝を抜かれたのは、7回の裏の広島の攻撃中にそのおじさんがヒッティングマーチに合わせてギターを弾き出したときである。我々の位置からは直線距離にして70-80メートルはあったと思うが、いかにも軽快に演奏している様子が窺える。
結局、8回の裏も9回の裏もそのおじさんを見ているだけで過ぎ去ってしまった。
広島大敗の後、我々は広島名物お好み村でお好み焼きを食べることにしたが、その前に原爆ドームを見に行くことにした。川べりにある原爆ドームは夜でもライトアップされていた。まず、原爆ドームをバックにした筆者の写真をNが「写るんです」で撮った。次にNがポーズを撮った。相変わらず意味不明なポーズを撮ろうとしている。その時にちょうど自転車が通りかかったので、筆者はNに声を掛けた。
「ちょっと、その変なポーズ中断っ。自転車が通ります」
「OK」
とNが返事をして我々は自転車が通り過ぎるのを待った。いや実際には待っていない。。。 自転車の前かごに入っているものを見た我々は一瞬絶句した後、大声を上げた。
「ギターっ!」
う~む、ギターが自転車の前かごに入るわけはない。それはウクレレであった!
ウクレレを前かごに載せたおじさんは、我々の大声など聞こえていないのか、鼻歌を歌いながら去っていく。
我々はすかさず自転車を追いかけた。冷静さを失った我々は、追いかけてどうするのかなど全く考えていない。。。 実際には、考える必要も無かった。二人合わせて0.2トンに迫るかという体重では追いかけられるはずはない。200メートルくらい追いかけたところで、自転車は川に掛かる橋を渡って遠くに去っていた。
ウクレレおじさんは地元では有名な方かもしれない。しかし、あれ以来広島市民球場での野球の中継があるときは一塁側のスタンドに注目しているものの、いまだにあの雄姿を発見できずにいる。
帰阪後にこの遠征の際の写真を現像したら、原爆ドームをバックにした写真は筆者のものしかなかった。あまりの突然のウクレレおじさんの登場にNのものを取るのを忘れていたのだ。しかし、筆者の瞼には、あの変なポーズがいまだに悪夢のように蘇ることがある。。。
出発前から様々な問題を引き起こしたNを乗せているのもかかわらず、「のぞみ」は何事も無かったかのように定刻どおりに広島駅に滑り込んだ。我々はタクシーで広島市民球場に急いだ。
球場に到着したのはちょうど試合開始から5分くらい経った頃であった。巨人戦ということもあり、我々はNの望むライトスタンド(広島側)は取れないのではないかと危惧していたが、指定席も自由席もチケットは残っていた。それでも念の為に指定席を押さえた我々はライトスタンドに向かった。
ちょうどライト側のポールの辺りからスタンドに入った我々はその光景に驚いた。真正面に見えるレフトスタンド(巨人側)にはほとんど人がいないのであった。そして、階段を昇りきると、ライト側のスタンドにもほとんど人はいなかった。まさに消化試合という光景であった。結果的に、その日の観衆は1,200人と発表された。
さて、野球については(「笑わせる商社マン・N」においてはどうでもよいことだが)、巨人のワンサイドゲームであった。9回裏ツーアウトで登場した山崎隆造のプロ生活最後の打席ぐらいが、広島ファンが盛り上がった唯一の場面であった。
ところが、Nは一人で盛り上がっていた。北朝鮮顔負けのマスゲーム的応援に参加しただけでなく、抑え投手の石毛が出てきたときなどは、「♪イシゲ~、ハナゲ~、ムナゲ~、その下はよう言わんっ」などと適当に野次っていた。
広島の見せ場も無く、7回の表の巨人の攻撃となったとき、筆者は一塁側内野席に異様な人物を見つけた。「ギターを持った渡り鳥」 のような風貌のおじさんが、その手に持ったギターで野球の素振りのような格好をしていたのである。いくらほとんど人がいないとはいえ危ない。それにしても、ギターを持って球場に来るとは一体何を考えているのか。さすがのNもこれには一本取られたという感じであった。
さらに度肝を抜かれたのは、7回の裏の広島の攻撃中にそのおじさんがヒッティングマーチに合わせてギターを弾き出したときである。我々の位置からは直線距離にして70-80メートルはあったと思うが、いかにも軽快に演奏している様子が窺える。
結局、8回の裏も9回の裏もそのおじさんを見ているだけで過ぎ去ってしまった。
広島大敗の後、我々は広島名物お好み村でお好み焼きを食べることにしたが、その前に原爆ドームを見に行くことにした。川べりにある原爆ドームは夜でもライトアップされていた。まず、原爆ドームをバックにした筆者の写真をNが「写るんです」で撮った。次にNがポーズを撮った。相変わらず意味不明なポーズを撮ろうとしている。その時にちょうど自転車が通りかかったので、筆者はNに声を掛けた。
「ちょっと、その変なポーズ中断っ。自転車が通ります」
「OK」
とNが返事をして我々は自転車が通り過ぎるのを待った。いや実際には待っていない。。。 自転車の前かごに入っているものを見た我々は一瞬絶句した後、大声を上げた。
「ギターっ!」
う~む、ギターが自転車の前かごに入るわけはない。それはウクレレであった!
ウクレレを前かごに載せたおじさんは、我々の大声など聞こえていないのか、鼻歌を歌いながら去っていく。
我々はすかさず自転車を追いかけた。冷静さを失った我々は、追いかけてどうするのかなど全く考えていない。。。 実際には、考える必要も無かった。二人合わせて0.2トンに迫るかという体重では追いかけられるはずはない。200メートルくらい追いかけたところで、自転車は川に掛かる橋を渡って遠くに去っていた。
ウクレレおじさんは地元では有名な方かもしれない。しかし、あれ以来広島市民球場での野球の中継があるときは一塁側のスタンドに注目しているものの、いまだにあの雄姿を発見できずにいる。
帰阪後にこの遠征の際の写真を現像したら、原爆ドームをバックにした写真は筆者のものしかなかった。あまりの突然のウクレレおじさんの登場にNのものを取るのを忘れていたのだ。しかし、筆者の瞼には、あの変なポーズがいまだに悪夢のように蘇ることがある。。。
この物語はフィクションであり、登場人物は一切実在の人物とは関係ありません










