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笑わせる商社マン・N~第十一章 毛むくじゃら事件~

 その男(仮にNとしておく)は、冒険心が旺盛といえばよいのか、それとも、単に何も考えていないというべきか、とにかく無鉄砲な男である。

 一時期Nはラテンアメリカを担当していた。そのこと自体は、彼の上司のナイスショットであった。なぜなら、彼ほどラテンな男はいないからである。
 Nは毎月のようにラテンアメリカに出張しては、仕事のようなことをしていたようである。ここに実感がこもらないのは、彼の実績というものを一度も目にしたことがないからである。

 その日、Nはアルゼンチンのブエノスアイレスに向かっていた。南米のパリとも言われる美しい街である。アルゼンチンの前にメキシコを訪問していた彼は、なんと、果敢にも、メキシコシティー⇒ブエノスアイレスの直行便を予約していたのである。一般的なビジネスマン(日本人のみならず、このワタクシのようなメキシコ人であっても)は、仕事で移動するときに、このような直行便に乗ることはまずない。ラテン国⇒ラテン国の飛行機が定刻に飛ぶことはまずない、、、からである(あれから15年近く経った今では、まともに運行されている、と期待したい)。つまり、メキシコからLAやマイアミなどの米国の都市を経由して南米入りするのが一般的であった。もっとも、「一般的」ということが最も似合わないのがこの男であるだけに、Nにとっては「果敢」ではなく、これが「普通」であったのかもしれない。
 メキシコシティーの空港に着いたNは、いつも通りチェックインしゲートに向かった。飛行機の出発時間が近付くにつれて、ゲートの周りには他の搭乗客も集まってきていた。
 そろそろ搭乗時刻かという頃になって、突然アナウンスが流れ、辺りの人々がざわつき始めた。メキシコからアルゼンチンへのフライトということもあり、アナウンスはスペイン語のみである。当然Nにはチンプンカンプンである。近くにいたメキシコ人(ひょっとしたら、アルゼンチン人)に、英語で「何を言ったのか」と聞いてみるが、その英語を相手が理解しないためどうしようもなかった。しかし、ゲートの上にあった搭乗時間を示す表示が、1時間後の表示に変更されていた。ようやく事態が「遅延」であることに気付いたNは、相変わらずゲートの辺りで待つことにした。
 1時間後、再びアナウンスが流れた。搭乗時間を示す表示が再び1時間後に変更された。
 さらに1時間後、再びアナウンスが流れた。搭乗時間を示す表示が再び1時間後に変更された。
 なんと、これが8回も繰り返されたのである。昼下がりから空港に来ているにもかかわらず、もう深夜近くなっていた。
 その間に時々ゲートに飛行機がやってきたため、一同大歓声を上げてはいたが、機体に書いてある航空会社の名前を見ては落胆する、ということを繰り返していた。
 そして、9回目のアナウンス。アナウンスそのものがいつもよりかなり長かった。そして、アナウンスが終わると、ほぼ全ての客がカウンターに詰め寄って大騒ぎをしている。Nは一人だけ取り残された状態になった。
 しばらくすると、係員に先導された客が一団となって出口に向かい始めた。Nは、何人かに英語で聞いてみるが、相変わらず英語を理解するものはいない。ところが、世の中には親切な人がいるもので、係員に声を掛け、Nの方を指差しながら何かを言っている。すると、搭乗予定客のうちの唯一の東洋人を助けてやろう、という空気が流れたのか、ほとんどの乗客が何かを係員に叫び始めた。すると、係員は無線で何かを叫んだ。
 数分後、別の係員がやってきて、「(セニョール、ではなく)ミスター、、、」とNに声を掛けた。どうやら、先ほどの騒動は、「英語の分かる者を呼んでやれ」ということであったらしい。

 係員の話を要約すると、「今日は飛行機が来なくなったので、ホテルに移動してもらうことになる」というものであった。その時点で、他の人々は、ホテルに移動したのか、もういなくなっていた。
 最後に係員が付け加えた。「ホテルは全てツインルームである。もう一つのベッドには他人が寝ることになる。もしシングルルームが良ければ手配するが、時間が掛かるかもしれない」
 既に時間は深夜である。これ以上時間を掛けられるのもいやだ、と思う以上に、ひょっとすると、ツインルームで一緒に泊まる相手は若いラテン美女かも知れない、、、と考えたNは、「ツインルームでかまわない」と答えた。
 ホテルに到着し鍵を渡されたNは、指定された部屋に向かった。ノックをするが反応はない。そのまま鍵を開けて中に入ると、もう一人の人物は既に荷物を持ち込んでいた。様子を伺っていると、バスルームの方からシャワーの音が聞こえ始めた。Nの期待は一気に高まる。とはいえ、さすがにバスルームを覗くわけにもいかず、Nはベッドの上で横になっていた。
 しばらくして、シャワーの音が止まった。その後シャワールームの扉が開いた。
 
 「うわっ」
 双方が声を上げた。
 なんと、そこには、腰にタオルだけを巻いた、かなり腹の出た、毛むくじゃらの中年オヤジが立っていたのである。とはいえ、驚いたのは毛むくじゃらオヤジのほうである。いきなり、部屋の中に他人が寝ていては声を上げるのもしかたない。Nが「うわっ」と言うのは、失礼以外のナニモノでもない。
 数秒後、毛むくじゃらオヤジは、それでも冷静を装い、何かスペイン語で話しかけてきた。Nは、当然分からなかったが、唯一話せるスペイン語のフレーズを口走った。「No puedo hablar espanol... (スペイン語はできません)」
 長い沈黙が訪れた。。。
 Nは、しかたなく、カバンから「旅のスペイン語会話集」を取り出し、ある言葉を指差した。すると、毛むくじゃらオヤジは、「Si、si」と言って同意を示した。なんとNの指差した言葉は、「ご飯を食べましょう」だった。そして、二人は、深夜のレストランで、何も会話することなく、黙々と飯を食ったのであった。

 翌日、ようやく飛行機が飛ぶということでホテルのロビーに集められた同じ顔ぶれの中に、若いラテン美女は一人もいなかった。。。


この物語はフィクションであり、登場人物は一切実在の人物とは関係ありません






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コメント (6)

沙織:

きれいなラテン系女性と相部屋だったらスペイン語が出来なくてもなんとかしたように思えてなりません。。。

Zhang-Li:

Nのその後の続編が読みたいです!!

ぱんちょ:

沙織さん、

 まったくその通りです。

ぱんちょ:

Zhang-Li さん、

 続編。。。
 その後、スケジュールが狂ったNはアルゼンチンに行くことを取りやめたのです。
 それから15年、、、アルゼンチンの通貨危機等もあり、仕事がなくなってしまったNは、いまだ一度もアルゼンチンに行ったことはない。。。

ハーフスイング:

ぱんちょ様

近いうちに休暇を取って南米を訪問したいと考えております。

ぱんちょさんオススメの国はどこでしょうか?

ぱんちょ:

ハーフスイングさま

 それは、何をおいてもブラジルでしょう。

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