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ふるさとの訛なつかし

 「ふるさとの訛なつかし 停車場の人ごみの中に そを聴きにゆく」
 こう詠んだのは石川啄木であるが、先日このワタクシは神宮球場でふるさとの訛を聞いていた。

 そういえば、18歳で「東下り(現代では「上京」というらしい)」してきたとき、東京駅で新幹線を降りた瞬間に、会話をしている男が全員オカマに見えて以来、既に「その18年」以上の月日が流れた。
 4月に大学に入学して、一ヵ月後のゴールデン・ウィークに、早速近畿に戻ったこのワタクシは、恐ろしい事態に遭遇した。
 なんと、ミナミや心斎橋で普通のおねえちゃんやおっさんが話している言葉が怖いのである。おまけに会話についていけない。もちろん母国語の大阪弁なので、理解はできるが、なんとなくぎこちないのである。
 ここでハタと気が付いた。
 このワタクシ、東京に移ってももちろん大阪弁であったが、周りの関西弁比率が低下していたわけである。つまりリスニング力が低下してしまっていたのである。
 これと同じ状況に陥ったことがある。それは、20歳過ぎの頃、カナダの東部に住んでいたときのことである。いかんせん、日本人がまったくいないようなところであった。たまにニューヨーク辺りに買出しに行くと、これまた日本語が理解できているのにぎこちない。。。

 そう思うと、あれから20年近く経って世の中は変わった。
 東京にいる関西人比率はドンドン増えているし、テレビのキー局からも関西弁が洪水のように流れてくる。
 世界のどこに行っても日本人に遭遇するようになった。そもそも、インタネットのおかげで毎日日本語を聞こうと思えば聞ける時代でもある。

 さて、話は、神宮球場のヤクルト対阪神戦に戻るが、阪神が大量リードしていながら、終盤にひっくり返されて負けてしまった。(参照:「神宮の夜のありえない出来事」)
 
 「なにさらしとんじゃ、ボケっ」
 「いてまうぞ、こらぁっ」

 確かに、なつかしのふるさとの訛ではあったが。。。

 啄木の時代は、罵詈雑言でもなつかしかったのだろうか、ちょっと気になった。






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コメント (4)

私設秘書:

名文に水を差すようで恐縮ですが、その罵詈雑言はその場に一緒に居たこのワタクシのすぐ左隣から発せられたような気がしてならないのですが。。。

私設秘書殿、
 確かに、あの人、ほんとに態度が悪かったですね~。
 って、それはオレか。。。
(ひょぇ~、自分でも寒気がするような「ノリ・ツッコミ」だった。。。)

たろー:

ご案内いただきまして、こちらに飛んできました…っていうか以前から愛読させていただいていました。
今更でスミマセン…

今は大阪在住の自分ですが、なんだか日常的に聞いてる言葉はもっと大人しい気がします…
でも甲子園だったらぱんちょ様のような方々が満載ですね(笑)

ぱんちょ:

たろーさま
 コメントありがとうございます!!
 
 このワタクシが長く離れているうちに、大阪の言葉もおとなしくなってしまったのでしょうか。
 ちなみに、甲子園で育ったこのワタクシも、藤井寺ではちょっとビビリました。
 また、遊びに来てください。

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