自動販売機が喋った日
あれは確か高校二年生くらいのときだったから、今からもう20年以上も前の話である。
このワタクシの通っていた高校は、奈良県と京都府の府県境の奈良県側に位置する県立高校であった。
一般的に県境なる所には、川や山や海があるものだが、一般論から違うことなく、この府県境にも小高い丘陵地帯が続いている。
当然県境に位置していたこのワタクシの通った高校は丘の上にあったので、毎朝登山をして、毎夕山下りをしないといけない。
おまけに最寄の駅までは、歩いて25分くらい掛かるのである。
今から思えば考えられないことではあるが、歩く以外に交通手段はなかったのである。多分今でも変わっていないであろう。
そのおかげで、あの頃の体重は、今の半分くらいしかなかった。(そんなことはどうでもよい)
ある冬の日、このワタクシは、どういう理由だったかは覚えていないが、もう日が沈んでいるという時間まで学校にいて、一人で山下りをすることになってしまった。
昼間でも一人では通学したくないような徒歩ルートであったが、その日は一人で、所々にしか街灯のない道を歩いていた。
奈良の冬は寒い。
あまりに寒いので、このワタクシは、ナケナシのお金で自動販売機のホットコーヒーを買うことにした。
なぜこんなところに自動販売機があるのか、というようなまったく人気のないところであった。
自動販売機に100円玉を突っ込んで、ボタンを押すと、缶コーヒーが出てきた。(そらそうよ)
ものすごく熱かったが、すばやく缶を取り上げ、フタをはずす。(あの頃のプルトップは、今のようなフタの部分が中に落ち込むようなものではなく、フタ自体を取りはずさないといけなかった)
、、、と、そのとき、いきなりどこからともなく妙に人工的な声がした。
「あ・り・が・と・う・ご・ざ・い・ま・し・た」
「うぎょ~~~」、このワタクシの叫びである。
こんな山道に人がいるはずはない。
おまけに、その声は、なんとも形容はできないが、ノバのコマーシャルの「異文化コミュニケーション」の宇宙人から感情を抜いたような声であった。
これは正に未知との遭遇であった。
このワタクシは、宇宙に連れ去られるのではないかと思い、とにかく駆け出していた。
ようやくバス通りまで駆け下り、車や人間を見たときの安堵感は言葉では言い表せないものがあった。
気が付いたときには、缶コーヒーのことはすっかり忘れていた。多分、驚いた瞬間にどこかに投げてしまったのであろう。制服のシャツの所々に、コーヒーのシミができていた。
電車に乗って、家にたどり着いたものの、「未知との遭遇」なんて誰に言っても信用はしてくれないであろうと思ったこのワタクシは、何事もなかったように晩ごはんを食べてベッドに入った。
しかし、「未知との遭遇」をしてしまったこのワタクシが、簡単に眠れるわけもない。
冬の夜明けが遅いのがなんとも不気味であった。
翌日学校に行くとき、再び缶コーヒーを買った自動販売機の前までやってきた。
そこには、「音声付自動販売機 新登場!」といったことを書いた、かなり目立つシールが貼ってあった。
あの頃、ゲームセンターに行っても、すべてのゲームが二次元でしか表現されていなかったような時代だし、自動的に声を発するようなものは、テレビとラジオくらいしかなかった。なんと言っても昭和50年代である。
それにしても、どうしてそんな新しい自動販売機が奈良のはずれにあったのかは今もって不思議である。。。
(「自動販売機」関連)
「あおのり世相をぼやく:方言を話す自動販売機」
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