お金のない夜
数ヶ月前、仙台に行ったときに、どうしても現金が必要となりコンビニに駆け込んだ。
全国どこに行っても同じチェーンのコンビニがいたる所にあるのは、旅という観点からすると少々興ざめではあるが、いざというときには役に立ってありがたい。
いざお金をおろそうとすると、そのコンビニには肝心のATMがなかった。
仕方がないので、近くの他のコンビニにも行ってみたのだが、二番目の店にもATMがない。
待ち合わせの時間が迫っていたので、とりあえず先に用事を済ませてからと思い、タクシーに飛び乗った。
タクシーの運ちゃんに「ATMのあるコンビニ」の場所を聞いてみると、しばらく悩んだ挙句、「コンビニでお金をおろせるようにもうなったのかな~。今月とか来月からそういうサービスが始まるとは言ってたけど。。。」と、いかにも頼りない。
先日、鹿児島に所用で乗り込んだところ、再び現金がないという事態に遭遇した。
そもそも現金を持ち歩いていないこのワタクシに問題があるのだが、深夜にお金がないことに気付いたこのワタクシは、天文館周辺のコンビニを軒並みあたってみた。
ATMはある。
しかし、行ったコンビニ全てのATMが21時以降は使えなくなっていて、その前の空いたスペースに新しく入荷した商品が山積みされている。要するに、夜になれば、ATMの前のデッドスペースは荷捌き場となっているのである。
何人かの店員に聞いてみても、「市内全域でこんな深夜にATMが使えるところはないと思います」とのツレナイお言葉。
それでは鹿児島の人は夜にお金がなかったらどうするのか、と興味本位で聞いてみると、「夜にお金がなくならないようにします。予め用意しておいたり。。。」と。
そうなんですよ、確かに。
そういえば、東京に住んでいる我々も、最近まではそうしていたのであった。
夜になる前にお金をおろし、週末や大型連休前にはお金を用意していたのであった。
少し外国カブレなんかしてしまったこのワタクシは、こんなことでは日本はバカにされる、と憤慨していたものである。
今となっては、少なくとも東京では24時間お金をおろすのに困ることは(ほぼ)なくなった。
夜にお金が手に入らなかったあの頃、最終電車を乗り過ごしたこのワタクシは、始発まで飲み続けたり、場所に応じて近くの友人の家に乱入したり、どうしてもというときは深夜の街を歩いて家に帰ったものであった。
今、いつでも(銀行に残高さえあれば)お金が手に入るようになって、あの頃よりも少しは小金持ちのオッサンになって、何がよくなったのだろう?
夜になる前にお金を用意していた時代の方が、なんとなく楽しかったと思えてならない。
これは単に年を取ったということなのだろうか。
そんなことを思いながら、コンビニのATMが稼動する朝まで芋焼酎をあおっていたのであった。










