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インハイのストレート

 このワタクシが、優秀なビジネスマンであるかどうかは判らない。
 とはいえ、少なくとも、こんな歳になっているので、経験量だけは豊富である(と自分では思っている)。

 その昔、あるメーカーとくっ付く形で輸出入業務をやっていた。
 基本的に、海外における交渉をこちらがやり、メーカー側との最終的な値決め等を行った上で、輸出というのがメインの仕事である。
 いずれにしても、メーカーのモノがないとこちらは商売が上がったりなので、メーカー上位の関係であった。

 そうなると、理不尽なことがたびたび発生する。
 例えば、海外との交渉前にメーカーから提示された値段がいきなり覆るなんてことはまだマシな方だが、交渉後に(あるはずの)モノがないなんてときは、まったくの骨折り損である。

 あるとき、メーカーの担当者が明らかに間違った価格を言ったことがある。
 おまけに、その間違った価格は、海外に提示すれば間違いなく契約が成立するという価格だ。
 日頃の恨み辛みもあり、その価格をそのまま海外側にぶつけた。
 当然、海外の取引先は万々歳だ。
 その価格で決まったことをメーカーの担当者に伝えると、彼は「その値段のはずはない」と言うので、こちらは「あなたが間違えた」とまでは言わないまでも、「確かにそう言った」という旨を伝えた。

 そのときのメーカーの担当者が他の人物であればギャースカ騒いで終わりだろうが、そのときの担当者は違った。
 「判りました。多分間違えたと思うのでこの値段でいきましょう。しかし、あなたは値段を間違っていたことは判っていたはずです。この値段で決まると、この商売は長続きしません。あなたは、私に恥をかかせてでも、そのときに間違いを指摘すべきだったのではないでしょうか」ときたもんだ。
 さらに、
 「仕事では、立場上、どうしてもこちらの方が偉そうになってしまいますが、人間に優劣はないので、筋の通る話であれば、幾らでも厳しい条件を持ってきてもらうのは構いません。また、こちらとしても、仕事である以上、いろいろ揺さぶりを掛けてもらった方がある意味面白いのです」と言い出した。

 完敗であった。
 このワタクシとしては、相手のミスに付け込み、一時の優越感に酔っていたのだが、相手の器が違った。
 それ以来、その担当者との間では、激しい揺さぶり合いが数年続くことになる。
 こちらがインコース高めにストレートを投げ込むと、向こうは巧みにファールしたり見送ってボールにしたりする。そして、こちらが一球外した後の球をピッチャ返しだ。うかうかしておれない。

 
 その後、こちらの仕事は何度か変わったが、基本的に交渉の姿勢は同じである。
 相手がタフな交渉人であればあるほど、お互いに腹を探り合い、揺さぶり合ってきた。

 ところが、世の中には、自分の立場に胡坐をかいているような連中も少なくない。
 自社の商品であったりブランドがそこそこ通用しているが故に、それを自分自身が通用していると考えている輩である。
 先日も、ある会社の担当者の腹を探るために、インハイにストレートを投げ込むように、相手をわざと怒らせるような質問をぶつけてみた。
 その担当者は、いかにも自分のプライドを傷つけられたかのように、その質問にムキになって反論してきた。
 まったく交渉力のないヤツだ。
 こうなれば、あと3球全てボールで三振は取れる。
 、、、が、ビジネスでは三振を取っても意味はない。最終的にその担当者が動かない限り何も進まない。
 となると、そのビジネスは止めるか、こっちが相手にわざとヒットを打たせるしかない。
 ヒットを打たせるのは構わない。
 しかし、その担当者にはまったく成長もなく、通用しているブランドもその人が担当しているがために伸びることはないだろう。
 
 このワタクシは、あのときこのワタクシに紳士的に真理を説いたメーカーの担当者のようには、目の前の担当者を紳士的に説得することはできない。
 説得しても多分相手は変わらないだろうと思っているからである。
 まだまだ器が小さい。


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